2008年は、源氏物語の生誕1000年の年。
作者の紫式部が、宮中で様々な情景を四季・政治・文化・恋を織り込み書き上げた傑作として世界にも広く認知されているわが国文学の1000年目の記念すべき年です。
源氏物語の世界と「蚊帳」にもきっと関係があるのだろうとの蚊帳の博物館でも、「源氏物語」の羽毛布団を飾ってみました。
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日本で、はじめて蚊帳についての記載があったのは日本書紀の中、伝説の天皇である「応神天皇」が用いたとされています。
いずれにせよ、大和朝廷以前の物語で、占いや祈祷で国を治めたと言われる邪馬台国の卑弥呼同様に、応神天皇も蚊帳の中でいろいろと企てたようです。
単なる蚊避けの蚊帳(モスキートネット)でなく、祈りと連動したプレイニング(祈り)ネットだったのかも知れま
せん。
さて、本格的に蚊帳が渡ってきたのは奈良時代になってからといわれていますから、きっと、源氏物語の世界ではかなり進んでいるのかと思っていました。
しかし、そうではなく蚊帳が現代のような形になったのは室町時代の終わりくらいからのようです。
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では、源氏物語の頃の蚊帳はどんなものだったのかしらと調べていくと、蚊帳はあまり見当たらないのです。その代わり御帳台(みちょうだい)というものが出てまいります。
源氏物語の時代=平安時代、貴族の一般的な住宅として知られるのが「寝殿造」です。寝殿造は帝の宮殿を模して造られたもので、屋敷は南を向けて建てられ、廊下で繋がれた数個の殿舎からなります。
その建物の床は板張りで、適当な場所に畳を置きました。
その畳のまわりを几帳や屏風で囲って、寝床にしたようですが、このとき、骨組みのある囲いが用いられました。 |
これが「御帳台(みちょうだい)」ですが、そこに、さまざまな布をたらして貴族たちは天蓋つきのベッドをつくりました。また、昼間は、畳の上に机なども置かれたようです。
この御帳台によって、板の間のフローリングの中に、もうひとつの小さな眠りの空間や考える空間がつくられたとも言えそうです。
蚊避けではなく、眠りの空間としての御帳台、さらには癒しや、祈りにも通じるものであったのかも知れません。
紫式部もそんな御帳台の中に、机を持ち込んでは源氏物語を練りに練って書き上げたこともあったでしょう。 |