平成20年8月の下旬に東京にある
[社団法人日本フィランソロピー協会」というところからお電話をいただきました。
なんでも街かどのフィランソロピー賞と言うものの最終候補に残ったと言うことです。
フィランソロピー???・・・お恥ずかしいのですが、何のことだか分かりませんでした。
協会さんのホームページを拝見すると
| フィランソロピーはギリシャ語のフィラン(愛)とアンソロポス(人類)を語源とする合成語で直訳すると人類愛、慈善のことですが、日本では「社会貢献」の意味で使われています。 |
日本フィランソロピー協会は昭和35年に発足された研究会を母体に
すばらしい精神で運営されている社会的にも、すごい組織でした。
そして、毎年、まちかどのフィランソロピスト が選ばれているようです。
どなたが、推薦してくださったか存じませんが、私が最終選考にまで
残っていて、さらにヒヤリング審査があり、9月には選考委員であられる
大坂さまと協会の常務理事であられる林さまとが、
はるばる磐田までお越しになりました。

右から林常務理事、大坂審査委員、私 於)蚊帳の博物館
蚊帳の話もいっぱいしましたが、ふらっとお店に立ち寄った、
アフリカ人の勧めで結婚できた
私たち夫婦のなりそめまで
話が及んで、楽しいひと時となりました。
そして、平成20年10月、日本フィランソロピー協会から
本年度(第11回)まちかどのフィランソロピスト賞に選ばれるという
通知をいただきました。
うれしいと言うよりも、お恥ずかしい!の方が多かったのが
本当の気持ち。
しかし、
この栄えある賞をいただくのは神様からのご褒美だと、
謹んでお受けさせていただこうと決めました。
同時に、大きな試練であるものと受け止めさせていただく覚悟も
必要だと感じました。
そして、表彰式
平成20年12月1日 東京都千代田区神田錦町 に
大勢の方がお越しいただく中で 授賞式が行われました。
(久しぶりに家内と二人で新幹線に乗りました。
私はスピーチをと言われていましたので一生懸命に勉強。
・・・・・・・家内は横でスヤスヤ・・・・・・・)

「我が身が助かりたかったら、人に尽くせ」と教えられた人の生きる道は、
確かに、回りまわって、今日もこうして結構な生活をさせていただいてますから
正しいことだと思っております。
生業でもあるふとん屋をしながら、どうすればいいのだろうかと
1996年からインターネットを使って蚊帳の販売をするようになったが始まりで
蚊帳が売れるようになってから、アフリカや日本赤十字社に蚊帳を少しずつ
贈ってきました。蚊帳屋だからそうしなければならないと思いました。
そして、同じように、眠れないで困っている人にも
眠ろう、眠ろう、眠らなければと、もがくとますます眠れなくなりますから、
自分のことは一旦、棚に上げて、世界中の人々が平和で安眠できるようにと祈ることが
自然に、自分も眠りに導かれる術であると思ってきました。
そのような天然自然の法則のようなものがあるのだろうと感じながらここまできましたが、
これからも人々に、心も身体もやすまる「安眠」をお届けすることを生業として続けていく覚悟です。
今回の受賞は、そのことが正しいことだとお認めいただき、
プレリリース用としてご用意いただいた、小さな私の大きな望みでもある
「蚊帳を日本を救うきっかけとしたい」の一文が、
翻ってその考え方が「今の日本を救う道だろう」とお認めいただけたものと、
たいへんうれしく思っています。
私財を投げ打って社会貢献をされた歴代の受賞者の皆様と比べると、
些細な私は本当に恥ずかしく思うのでありますけれど、
このちっぽけな私の受賞なればこそ、現在、希望を失いかけて、
もがき苦しんでいる最中の人々に夢と希望と、そして安眠のきっかけが
与えらるのではないかしらと受賞の意味を考えております。
人々に役に立つ受賞であればたいへんうれしく思います。
授賞式にみなさまの前でお話をと言われ・・・・・
<まちかどのフィランソロピスト授賞式でのご挨拶>
表彰式の後には庄野真代さんのミニコンサートもありました。
飛んでイスタンブール♪で始まったコンサート。ありがたくも一番前に
座らせていただきました。
庄野さんは確か同じ世代。
芸能界にいながらも、おおきくなってから大学に通い、
「国境なき楽団」を結成し、音楽で世界の人々の心をつなぎながら
平和な世界にしようと、まちかどの歌い手さんであり
まちかどの
フィランソロピストを目指されて、世界平和に貢献されている。
そんな庄野さんが歌う「争いのない世界を」という歌詞は、
「どうぞ、蚊帳の中へ」とぴったり合うんだなあと
これからもがんばりましょうと励まされました。

栄えある賞のために撮った写真
三島治の自己紹介
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